他人に、自分に、社会に「やさしい」『新世代努力論』イケダハヤト著

好き嫌いが分かれる炎上系プロブロガーのイケダハヤト氏。確かに、ナチュラルに他人を煽る彼のブログはイラっとくる人もいるだろうというのはわかるのですが、個人的にはあの強烈なキャラが好きだったりします。

そんなイケダ氏の新刊が出たということで、内容などの事前情報無しに読んでみました『新世代努力論』。

イケダハヤト好きじゃない派の方は、本は買わなくともこのレビューで内容を掴んでいただけるといいかと思います。

努力すれば報われるなんて考えは捨てよう

「お前の努力が足りないんだ」と言われたり、「自分は努力が足りなかった、なんてダメなんだ・・・」と思ったことはないでしょうか。

その考え方は、自他を苦しめるのでやめましょう。この本の一番の主張はこれです。

タイトルで「新世代」と付いている本書、「旧世代」と対比した上で「新」のほうが良いと主張しているというのは想像できますね。

努力すれば報われる、というのはすなわち「旧世代の努力論」です。

日本が経済成長していた時代は、努力が報われやすい時代でした。そんな時代を生きてきた人たちの中には「努力すれば報われる」という思想が根付いている人が多い。しかし、この考えは危険だとイケダハヤト氏は言います。

失敗=努力不足?

努力すれば報われるというのは、裏を返せば「結果が出ない奴は努力が足りない」ということになります。そうやって、結果が出なかった自分や他人を責める、自己責任だと切り捨てる考え方では窮屈すぎる。そもそも今は高度経済成長期とは違い、努力が実を結びにくい時代なのです。

これからの時代に必要なのは「やさしい努力論」

旧世代の努力論にかわってこれから必要なのは、「やさしい努力論」です。

自分、他人、社会を取り巻く現実を的確に認識し、その上で責任を押しつけることをやめようとする態度

が、新世代努力論=やさしい努力論なのです。

人はみなそれぞれに、それぞれの規模で努力をしています。それを、自分の尺度でもって「努力不足だ」と断罪することでは、何も生まれません。社会全体として努力が報われにくい状態なんだということを理解し、個人の責任ではなくみんなの問題として捉えよう。そのようなメッセージを、本書は発しています。

努力しない人を許すなんて出来ない!

努力が報われるとは限らない時代であるというのはわかった。でも、努力しないでいる人間を「やさしさ」といって甘やかすのはどうなんだ?

というのが、多くの方が思う疑問でしょう。イケダハヤト氏は、その点について「努力は後天的に身につけるスキルである」とし、それが身についているかどうかは環境に依存しているといいます。つまり努力できない人に対して、その責任を当人に押し付けるべきではない、というのです。

以降の「努力と責任」や、「努力というスキルを身につけた人間のとるべき行動」については、ぜひ本書を参照してください。

努力に意味なんて、ない

本書では、努力の先にある新世代の「成功」や「幸せ」についても言及されています。

成功する、幸せになるためには努力が必要条件です。しかし、十分条件ではない。

努力、それも「良いタイプの努力」を続けることで、結果として成功している、幸せになっているというのが理想的なパターンです。

意味を求めるから、人間というのは苦しくなっていきます。「自分の努力には、どんな意味があるのか?」という問いを抱えた人は、「努力の意味」を探し続けることになります。

努力そのものには意味なんてない、だからそれを求めないほうがいい。

響いた考え方でした。

自分も知らず知らずのうちに、他人に「努力が足りない」とその責任を押し付けてきた気がします。

この本で学んだ新世代努力論の考え方に基いて、「じゃあ自分に何ができるか、どうすべきか」と一歩踏み込んだ考えと行動が出来るようにしたいものです。

新世代努力論 「恵まれた世代」は判ってない。これがぼくらの価値観だ。

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人は他人を外側から変えることはできない、コントロールできるのは自分の行動だけである。こういった考え方を選択理論というそうです。この選択理論についてわかりやすく書かれた本が、『人間関係をしなやかにるすたったひとつのルール』。

努力という責任を相手に押し付けることは良くないという新世代努力論の考え方に通じる部分があります

良い努力、悪い努力
ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

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本記事中でさらっと触れましたが、努力には良い努力と悪い努力があります。良い努力というのは、我慢や犠牲を伴うものではなく、没頭するタイプのものだとイケダハヤト氏は書いています。この、何か一つに没頭することについては、堀江貴文氏の『ゼロ』でも触れられています。堀江氏は仕事に没頭することで、様々なものを得て、ときに失いました。その経緯や今について書かれたのがこの本です。