読書に目的意識は要らない。何か見つかればラッキー。

一般的に、読書は「目的をもって行うもの」だという意見が多いと思います。

特に多読・乱読を推奨している方の場合、自分がその本から何を学びたいかを予め決めておいて、それだけを本から得るように務めるのが効率がいいと言います。1から10まで読んでいたら時間がかかる、と。

ところが、多読を勧める成毛眞氏は反対に「読書に目的意識なんか持つな」と言います。どういうことでしょうか。

目的を持って本を読むことは、可能性を限定すること

目的を持って読書をする、ということは、裏を返せば自分の目的にそぐわない部分をスルーしてしまうということです。

成毛氏は読書を「勉強ではなく遊びだ」と捉えています。最短経路で欲しい情報だけをピックアップする「目的ありき読書」では、周りにある多くのチャンスを逃してしまうと考えているそうです。そして仕事に役立つ知識というのは、そういった「周りにある、一見関係ない情報」なのです。

自分だけの人生なのだ。何も自ら自分の可能性を限定してしまうことはないだろう。他人に迷惑さえかけなければ、やりたいことはすべてやってみればいい。 「超並列」読書術と同じだ。ひとつのことにかかりきりになるのではなく、いろんなことに並行して挑戦してみたら、新しい道が開けるかもしれない。(『本は10冊同時によめ!』より)

読書にはムダが重要

成毛氏の考えと近いことを、博報堂ケトルの嶋浩一郎氏も語っています。

読書はもっとフリースタイルでいいんです。無駄を許容し、愛すべき”無駄”を集める。意識的にそうしないと、今はすべてが効率化された時代ですから。ささやかな心の動きを感じ取る。それこそが、本を読むという贅沢ではないでしょうか。(『BRUTUS 2014 1/1-15合併号』P38より)

嶋氏は、村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル』を読んでアイロンの掛け方を知ったといいます。アイロンの掛け方を知りたければ「アイロンの上手な掛け方」といった本を読めば情報が手に入るでしょう。しかし、物語の中でふと発見した情報には「自分で発見した」という付加価値があります。「基本、本は無駄だと思って読むべき」という嶋氏のスタンスが、逆に「おっ」という出会いを際立てているのかもしれません。

まとめ:目をギラギラさせて読むのだけが読書じゃない

骨までしゃぶり尽くすようにビジネス書を読むだけが「読書」ではありません。

すぐに役に立つわけじゃないけれど、なんとなく惹かれる、面白さを感じる。そんな「一見無駄」な部分を味わうのも読書の楽しみ方の一つです。

そうした「なんか気になる」がたくさんストックされていくと、いずれ自分の仕事と結びついたり、自分の可能性を広げる助けになるかもしれません。もしそうなったら、ラッキー。そんなゆとりを心にもって、読書したいものです。

今回のネタ元

本は10冊同時に読め!―本を読まない人はサルである!生き方に差がつく「超並列」読書術 (知的生きかた文庫)

本は10冊同時に読め!―本を読まない人はサルである!生き方に差がつく「超並列」読書術 (知的生きかた文庫)

BRUTUS (ブルータス) 2014年 1/15号 [雑誌]

BRUTUS (ブルータス) 2014年 1/15号 [雑誌]