投資家的生き方の勧め『僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版』瀧本哲史

ゲリラ戦を生き抜く武器を手にする

この本は、「本物の資本主義」の波にのまれてしまわないように、ゲリラ戦を戦いぬく「武器」をくれる。

そもそも生きるのが大変な時代だなんてことは、10年以上前から言われてたことで・・・。

「声高に時代はサバイバルだとコメンテーター」ってGLAYも歌ってたし。

サバイバル

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なっちゃいけないのが「コモディティ」

経営学や経済学のワード「コモディティ」。ここでは、

市場に出回っている商品が、個性を失ってしまい、消費者にとってみればどのメーカーのどの商品を買っても大差がない状態。それを「コモディティ化」と呼ぶ。(中略)つまり「個性のないものはすべてコモディティ」なのである。

と書いてある。

高学歴ワーキングプアなんて存在が世間には居るように、「ただ学力が高いだけ」であれば、もっとローコストな人間にとって変わられてしまう。学力に限らず、なんでもそう。

じゃあコモディティにならないためにはどうすればいいのか、筆者によると「この6つのタイプのいずれかの人種になるのがもっとも近道となる」。

その6つのタイプは

  • トレーダー
  • エキスパート
  • マーケター
  • イノベーター
  • リーダー
  • インベスター

それぞれがどんなタイプなのかは本書を参照。実はこの6タイプの中にも、今後価値が下がっていってしまうタイプもあったり・・・

生き抜くために、投資家になろう

ここで言っている投資家として、というのは必ずしもお金を投資しろといっているわけじゃなく、「投資の考え方」を身に付けようということ。つまり

自分の時間と労力、そして才能を、何につぎ込めば、そのリターンとしてマネタイズ=回収できるのかを真剣に考えよ

ということ。

なんで投資家的に生きなきゃいけないの?

先に出てきた6つのタイプ、リーダーとかエキスパートだったら別に投資家的なイメージがないし、一見投資家的に生きなくてもいいような気がする。

筆者の考えはこう

資本主義社会では、究極的にはすべての人間は、投資家になるか、投資家に雇われるか、どちらかの道を選ばざるを得ないからだ。
それならば、自分自身が投資家として積極的にこの資本主義に参加したほうが良いのではないか、というのが私からの提案なのである。

こう言われると納得する。「どうせ参加しなきゃいけないなら、主体的に参加しようぜ」ということ。会社の飲み会なら反対したくなるけれど、資本主義となれば受け入れざるをえない。

読み識視点

結局、ゲリラ戦とは何だったのか

若者たちがいまを生き抜くための武器(=考え方)をくれたのは、わかった。

しかし、ゲリラ戦が現代の何を表しているのかがピンとこなかった。

Wikipediaによると

ゲリラによるゲリラ戦は、正規軍による正規戦、特に会戦による決戦方法とは対極的な戦争形態である。一般にゲリラ戦は、少数あるいは劣勢となった側が地の利や住民衆の支持を背景に小規模な戦闘を効果的・反復的に実施することによって、優勢な敵に対して消耗戦や神経戦を強いて占領の長期継続を困難にさせる事を目的とする。反面、ゲリラ戦だけでは短期間に決定的な軍事的損害を与える事は困難で、その間は優勢な敵側から「正規兵ではない犯罪者、テロリスト」とみなされての弾圧や報復も予想されるため、長期の継続力が必要となる。

ここまで読んで、なんとなくつかめてきたかもしれない。

今、世の中の大半を占める中高年層(=上で書いてある正規軍)に大して、自分たち少数の若者が小規模ながら持続的に戦っていかなければならないことを暗に示しているのかもしれない。

さらっと読んだときには「若者に武器配って同士討ちにでもなったら、老年層の思うつぼジャン」

なんて思ったけど、決してそうじゃないことがわかった。せっかく貰った武器、うまく使って生き延びないといけない。テロリストにならずに。

僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版 (講談社文庫)

僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版 (講談社文庫)